
冬の終わりに「ノン子36歳 家事手伝い」を観ました。
初夏の秩父の緑深い風景が心に残る映画です。
ノン子は一昔前東京で売れないアイドルをしていて、ぱっとしないまま
マネージャーと結婚したあげくにすぐ離婚して実家に出戻ってきた。
実家の神社で家事手伝いと称してヒマと自分をもてあましていた時に
世間知らずな青年のマサルが夏祭りで一山当てようと転がり込んで来る。
ピントのずれたマサルに、はじめはうっとうしく思っていたノン子も
彼の一生懸命な姿に次第に心を動かされ始める。
そんな中、マネージャーだった元夫も現れて、停滞していたノン子の周囲に
心穏やかでない空気が流れ出す・・
36歳というのは、その年齢になる前はもうすっかり落ち着いて恋とか人生の愉しみとかの表舞台からは降りているはずと思いこんでいましたが、実際には二十代、へたをしたら十代となんら変わらない内面のままででも鏡を見ると確実に衰えた姿の自分が映っていて、焦燥感といい加減落ち着かなきゃという気持ちの折り合いをつけるのに一番ジタバタする年齢なのだと思います。
だからなのか、パンフレットで言われているような「年下の男の子との青春恋愛映画」
というようには私には見えませんでした。
赤犬の音楽が終始ポエティックな雰囲気を醸し出し、リリカルな映像に騙されそうになりますが、
実はちょっと痛いところをつかれる映画です。
マサルは甘くて世間知らずで、でも愛情があるとしたらとても純粋で、
そんなところにノン子は十代の頃のような感情をちょっと夢見てしまったりもするのですが、
でもそんなファンタジーのような感情に身を委ねられるほど楽観的な年齢でもない。
一方でノン子も人のことは言えず、元夫の口車にギモンも持たずにのってしまう馬鹿さもある。
映画の中のふたつのセックスシーンにもそれがよく表れていて、
久々の夫の誘いに頭では冷めているのに体が反応してしまって、でも翌朝には何事も無かったように
さばさばと部屋を出て行ける。でも本当は気持ちが伴った触れあいを期待して、マサルに希望を抱いてしまうのですがマサルこそまだ若くて性欲と愛情の区別もできていないようで、そんなところにちょっと傷ついてしまったりもします。
長回しでの近藤龍人の撮影が、なんというかまあすごくて、行き詰まるような生々しさなのですが、
その同じカメラで映される秩父の自然も匂い立つように観るものに迫る。
新緑の緑というのは今までなら若さの象徴のように感じていましたが、こうしてみるとノン子みたいな三十代のくすぶった内面の表れのように見えてきます。
山の緑は夏を迎える湿気を含んで、これからの予感を感じさせるように青い。
ノン子、がんばれよと思わず声をかけたくなります。
ちょうど6月に撮影されたという映画の中の美しい秩父の夏の風景に、本格的な暑さが来る前に
舞台を訪れてみたくなりました。
posted by コーヒーこ at 22:54|
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